木村聡氏著『ベトナムの食えない面々』( 平成9年刊 株式会社めこん )を、読んだ。昭和40年生まれの氏は、新聞社の報道カメラマンを経て、今はフリーライターとして生きている。
定価1500円の割には粗末なザラ紙に印刷され、写真はすべて白黒のモノトーンだ。それでも写された人物が皆生き生きとしており、本の内容にも味があった。
面白いので、少し長くなるが紹介してみる。
・今日も人々の生活が路上に散らばっている。
・そこはやかましくて、むんむん暑くて、体臭、腐臭、乳臭、あらゆるものが混じった匂いが渦巻く。
・路上とは、しゃがんでフォーを食うところであり、ナマズを置いて売るところであり、洗濯するところであり、ホンダがいっぱい人を積んで走るところであり、喧嘩、泥棒、博打、密談、何でもありの空間である。
・食堂になって、市場になって、自転車の修理工場になって、床屋になって、ときには便所にもなる。
ベトナム語の先生、サパの老人、メコンデルタの女神、北からやって来た通訳など、貧しさにめげず生きる人びとが描かれている。ものを売るなら吹っかけろ、買い物するなら思い切り値切れ、騙されるより騙せと、男も女も大声で喋る。
知らないことでも知った顔で話し、相手の迷惑など考慮せずどこまでも自己中心で妥協しない。そんな人々を卒直に、時として辛辣に批評するが、言葉には作者の暖かい目が感じられる。
英国外交官カーン・ロス氏の『独立外交官』も面白かったが、育ちの良い官僚の文章には、木村氏のような魅力が乏しかった。私はセレブの育ちだぞと木村氏に苦情を言われそうだが、言葉遣いの乱暴さにはどう読んでも貧乏人仲間の味がする。
征服者だったフランスと戦って勝利し、アメリカと戦っても勝ち抜き、祖国の南北統一をやり遂げたベトナムだ。
輝く過去を持つ国だというのに、何時までも貧困から抜けられないのは何故か。本当にベトナムは戦争の勝利者だったのかと、氏の素朴な疑問はそのまま私の疑問につながる。
19世紀の植民地戦争時代に独立を守り通した日本も素晴らしいが、二つの大国と戦って勝利したベトナムも大したものだ。アジアでは日本だけが誇れる過去を持つと思っていたが、ベトナムも誇るべき歴史の国だった。
昭和50年の4月にサイゴンが陥落した時、ホーチミンの共産主義政府が腐敗と堕落の南部を解放し、新生ベトナムが輝く一歩を踏み出したと、日本のマスコミが高揚した記事を書いた。朝日新聞は、社会主義の勝利だと賛美一色だった。
首都ホーチミンを昔ながらの「サイゴン」の名で呼び、言論の自由、個人の自由など、南部の人々は北への不信を押し隠している。北に吸収された南部の国民には今も気持の断層があり、根深い対立が残っていると言う。
「憲法改正」が国論を二分する日本だと私は嘆いているが、ベトナムでは、ついこの間まで殺し合った南北の人間が同居している。
自民党と共産・民主党との対立より、もっと激しい争いが国中に溢れ、議論がなにもまとまらず、堂々巡りしているのがベトナムだった。
陸続きのベトナムでは他国の介入も簡単になされ、「ドイモイ」という元気なスローガンの背後では、国民不在の政治が続いている。
ドイモイ(Doi Moi)」は、ベトナム語で「刷新」を意味する言葉だそうだ。具体的には、1986 ( 昭和61 ) 年にベトナムで始まった経済改革政策を指す。この政策は、中央計画経済から市場経済への移行を目的とし、ベトナムの経済発展に大きな影響を与えた。
今から12年前会社勤めをしていた頃、私はベトナムを旅行したことがある。
今では考えられないが、当時の会社は長く勤務した社員を大切にし、表彰したり祝い品をくれたりした。勤続三十年目の私に、夫婦での旅行券を会社にもらい、なぜかベトナム行を決めた。正社員の馘首をしたり、低賃金の臨時やパートを増やしたり、そんな目先の利益だけを追求しなかった良い時代の会社の話だ。
グループ企業の中に旅行会社があり、自由が利いたこともあって個人の旅ができた。飛行機はビジネスクラス、ベトナムでの移動は日本の乗用車 ( 中古だったが高級車 )で、ベトナム人の通訳と添乗員がつくという、後にも先にも初めての優雅な旅だった。自慢話をしているのでなく、ついこの間まであったのに、消えてしまった「古き良き時代の日本の会社」について述べている。
私が見た風景は、木村氏が語る景色と重なりとても懐かしかった。
ベトナムの農村は昔の日本を偲ばせ、不便で不潔だったが、暮らしの慎ましさが懐かしかった。敗戦後の田舎の貧しさと、それでいて生き生きとしていた人々の明るさと、穏やかさなど、よく似た情景に私は心を揺さぶられ通しだった。
言葉が通じないので現地の人々との会話は無く、笑顔で礼を言ったり挨拶したりで終わった旅だ。楽しい思いばかり残っているが、木村氏のようにベトナム語が話せたら、悪口も陰口もで理解できて、思い出が別のものになったのかも知れない。
私の心に残るベトナム人は、誰も人なつこく穏やかで、遠慮がちな表情ばかり見せている。アオザイ姿の若い女性は、優しい笑顔でしか思い出せない。
氏の本を読み、ベトナム人が別の姿をしていると知ったが、私は自分の思い出を大切にしたい。ベトナム人にしても、その方がいいに決まっている。
「食えない」という言葉を辞書で引くと、「ずる賢くて、油断できない」意味だと書いてあった。平気でウソを言い、自分を正当化するためには妥協しないという厚顔さらしい。
ベトナムだけでなく東南アジアの人々が、多かれ少なかれそんな気質であることを私は知っている。他人を責める前に、自分を反省しなさいと教えているのは、アジアでは日本だけでないのだろうか。
私の会社は海外で勤務している現地社員にも、同じ処遇をしていた。長く勤務した社員は、会社の費用で東京旅行のプレゼントをした。本社勤務の私は「関連会社管理部」にいて、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、香港と、現地の社員と顔を合わせたことがある。
ホテルに泊まると夜遅くまで騒ぎ、約束の時間は守らない・・という彼や彼女らを沢山見て来た。
謝ることは決して無く、乗り物が遅れた、人に邪魔されたと、言い訳ばかりの彼らに呆れさせられた。彼らには「自責」の観念が無く、24時間「他責」で暮らしていた。彼らを引率して来た現地駐在の日本人社員に聞くと、これが当たり前のことだと聞き流された。
彼が言ったのは、
「日本の常識は、世界の非常識です。」だった。
その時は腹が立ったが、今では名言だったかと感心している。
つまり、これからが「肝心の話」だ。日本の過去を捏造のウソで攻撃し、いくら反論しても、愚かな中傷を恥も無く続ける中国と、韓国・北朝鮮のことである。
自分たちの非道な殺戮は棚に上げ、よくもこんな傲慢な批判をと、日本人は怒っているが・・もしかすると、アジアでは中国と韓国・北朝鮮の方が普通でないのかと、そんな気がしてきた。
つまり「日本の常識は、世界の非常識」で、「孤高の日本」というのがアジアでの位置づけなのだろうか。そうだとするのなら、私たちはもっと割り切って生きなくてならない。
「郷に行っては、郷に従え」で、「礼節」「正直」「勤勉」「誠意」の考えは国内だけにし、外へ出たら「他責」「自己主張」「大ウソも方便」で、堂々とやり合うのが正しいのではないか。
しかし驚くことは無かった。
日本にも、世界の常識でやっている会社が沢山あった。朝日新聞とNHKを筆頭に、マスコミ各社は何年も前から「世界の常識」で報道をしている。
平気でウソの記事を書く、
間違った報道をしても謝らない、
責められたら屁理屈で反撃する、
恥も無く誇りも無く、その場その場を平気で取り繕う。
「日本の常識は世界の非常識」と、マスコミ各社が言わないとしても気にする必要はない。マスコミの報道には、真実、正義、誠など、頭から無いので眉に唾して読めば良いと、私は氏の本に教えられた気がする。
そのようなことは書いていないと氏が反対しても、私はそう教えられた気がする。